2025年11月06日

尾崎卓爾展の紹介A

尾崎卓爾展を紹介する記事。
2回目は『中岡慎太郎』に推薦文を寄稿した富田雙川(とみたそうせん)を紹介します。


富田は推薦文で、彼が尊敬する田中光顕の言葉を引用して、
「激動の幕末で、清らかな節操を守り、真心を込めて、自身を律して大業をなした人物」と中岡慎太郎を評価しています。
そして郷土の先輩である慎太郎に敬意を払い、慎太郎の伝記を執筆した尾ア卓爾の努力をたたえています。

富田(1872〜1938)は現在の安芸市川北で生まれました。
「雙川(そうせん)」の号は、出身地川北が安芸川と伊尾木川にはさまれた土地であることによります。

同じ出身地で新聞経営者の黒岩涙香に感化され土陽新聞社に入社しました。
1897年(明治37年)に岡本方俊、野中楠吉らと高知新聞を創刊しました。

1908年(明治41年)第10回総選挙に同志から推されて猶興会から出馬して当選。以後政界に進出しました。
立憲同志会や立憲民政党の総務、幹事長などを歴任し、党内外の取りまとめ役として手腕を発揮しました。
また、第27代総理大臣濱口雄幸と親交があり、1929年(昭和4)濱口内閣の実現に貢献しました。

富田は揮毫と俳句が趣味でした。
彼が交流した俳人の中に河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)という、近代俳句に新風を起こした正岡子規の門弟だった人がいます。

昨年、当館に寄贈された史料の中に、富田と河東が揮毫した額縁があります。
富田は「白雲飛尽海茫々」(白雲が海の果てまでも茫々とひろがっている)、
河東は「鵬程萬里一葉舟」(鵬〈ほう。大きな山のような体を持つ巨大な鳥〉も万里をゆく小舟のようだ)、とどこまでもつづく海や大空にあっては白雲も山も小さいものだというスケールの大きな風景を揮毫しています。

企画展にお越しいただき、故郷の英雄を語り継いだ尾ア卓爾。その活動をたたえた地元の名士の史料をご堪能下さい。


富田雙川 書.jpg
富田雙川書「白雲飛尽海茫々」 岡村孝雄氏寄贈


河東碧梧桐 書.jpg
河東碧梧桐 書「鵬程萬里一葉舟」 岡村孝雄氏寄贈



posted by nskan at 15:07| お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする